天ぷらを揚げるのに10年必要か?

何となくツイッターを見ていたら「天ぷら店で見習いが1人前になるのに10年かかる」という記事を見かけました。これは色々な側面からの分析ができると思いましたのでちょっと色々書いてみようと思います。以前ホリエモンがすしを握るのに大した修業はいらないと言っていましたが、それと同類の記事ですね。

「技術は見て盗め」というのは職人肌の業界でよく言われることですが、この言葉の裏にはいくつかの隠れた真実があるのではないかと思います。実際問題として天ぷらを揚げるのに10年の修業が必要なわけはなく、天ぷらを揚げるだけなら温度×時間×素材数という変数だけですからたぶん数週間レベルで体得することが出来ると思います。

実際にはこれに生地の作り方、素材の選び方、下処理の仕方等の技術的な観点に加えて店舗運営のノウハウなども学ぶことになると思いますが、それでも1年もあれば十分に学べるのではないかと思います。

この記事に対するコメントを見ていると、ほとんどが効率が悪すぎるとか直接教えろよ、人を安く使うため、日本の生産性が低い原因といったネガティブなものがほとんどですが、この職人見習いさんは本当に単なる犠牲者なんでしょうか。私はちょっと違うのではないかと思います。

この見習いさんが特に将来の希望もなく、給与の対価として労働力を提供しているだけならばたしかに安い給与で使われているだけの存在だと思います。ただこの見習いさんが将来自分の店を持ちたいという願望があるのなら話はちょっと変わって来るのではないかと思います。

将来自分の店を持ちたいと思っている見習いさんが、天ぷらを揚げる技術を学ぶだけだったら先ほど述べたように1年もあれば大丈夫だと思います。それではなぜ10年もその店で修行を続けるのかというと、たぶん次の3つの目的があるのではないかと思います(自覚しているかどうかは分からないが)。

1つは超有名店で10年修業したという実績を得るためですね。日本では肩書が非常に重要視されますから、有名店で10年修業した=すごい技術を持っているに違いない=すごくおいしいはずだ、という式が成り立つわけです。実際に私自身も「帝国ホテルで料理長をやっていた」とか「銀座の久兵衛で修行した職人」と言われるとそれだけでおいしいような気がしますからね。つまり料理の世界においても肩書は非常に大事であって、それを得るために時間を犠牲にしていると考えられるわけです。

2つ目としては、超有名店で10年も修行すれば、高い天ぷらをしょっちゅう食べに来てくれる超優良顧客と面識を持つことが出来るわけです(実はこれが最大のメリットかもしれない)。つまり自分が店を出した時に来てくれるかもしれない人を確保することが出来るわけです。だいたい高額な超有名店に頻繁に来てくれるような人は各分野における名士なわけですから、そこからの紹介も十分期待できるわけです。特にちょっとした成金的な人は自分の行きつけの店なんかを持ちたいわけですから、この見習い君とは利害が一致するわけです。

3つめには将来自分が出した店を成功させるためには、10年修業を行う事が実は最も効率が良いという事です。当然ながら上記2つがベースになるのですが、自分の店を持つという事は非常に大きな投資が必要なわけで、多くの人にとっては1回目で成功させないと大きな借金がのしかかってくるわけです。当然ながらすべてを自己資金で賄う訳にはいきませんから金融機関からの借り入れが必要なわけですが、その時に上記の2つが非常に大きく影響してくるわけです(知り合った人の中に金融機関の人がいるかもしれない)。基本的に金融機関は返せる人にしか融資はしませんから、よく判らん店で1年しか修業していないという人には絶対に融資はしないわけです。つまり超有名店で10年修業した(成功の確率が高い)というのがここで効いてくるわけです

これ以外にも優良な仕入れルートを確保することが出来るとか色々あると思いますが、将来自分の店(高級店)を持とうと思っている人にとっては、これが修行を続ける最大のメリットなのではないかと思います。

ですからこの記事を読んで短絡的に非効率だとかブラック労働というのはちょっと違うのではないかと思います(まあ単に天ぷらを揚げる技術だけを取り上げればその通りなんですが)。実際問題としてただのブラック天ぷら屋だったら今の若者はとっととやめていると思いますけどね。ただ中には本当に頭の悪い店主がいて、わしも10年揚げさせてもらえなかったから、お前も10年揚げさせてやらんという例もあるかもしれませんが、多分そんな人のやっている店は流行らないと思いますし、とっくの昔に潰れていると思います。

このように物事を多面的に見ようとすれば、色々なものが見えてくるのは事実なので、常日頃からそういう視点で見ないといけないなと考えさせられた記事でした。